医者になって15年で16回引っ越したワケ

医者になって15年で16回引っ越したワケ

昨日の記事で「こんな糸の切れた凧みたいな医者にかかって大丈夫か?」と当院におかかりの患者さんが不安に思われたとしたら、ブログの意義が本末転倒になってしまうではないか、と今さら気づき、言い訳をすることにしました。

私がこんな引越し魔になってしまった、そもそもは、形成外科医の修行過程に起因します。

私は昭和大学形成外科教室で形成外科医として一人前になるための研修をしたのですが、形成外科という科は内科や外科よりも特殊な疾患が多く、病院によって経験できる症例の偏りがあるため、一人前になるまでの研修期間は、1年ごとに各病院を渡り歩く修行の行脚に出ておりました。

1~2月くらいに医局長と言われる 世間で言うところの人事部長から
「4月から、○○病院ね」
と告げられます。

特に昭和大学形成外科教室は、全国に関連病院があるため、多くの場合、それは県を越え、島を渡る(本州から九州とかその逆とか)くらいの異動で、さながらダーツの旅。

よほどの理由がない限り、それを拒絶することはできません。

そのため、大学を卒業して医者になってからの8年で9回の引っ越しをすることになりました。
以下は、医者の修行のための人事異動という大義名分があった引っ越しです。

①福岡県久留米市
②東京品川区
③千葉船橋市
④福岡県久留米市
⑤熊本
⑥東京品川区
⑦久留米
⑧佐賀県鳥栖市
⑨八女市

この巡業のおかげで、形成外科の専門医をいただきました。

各地を転々とすることで、多くの症例を経験させていただき、医者としては大変成長していくことが出来ました。

引越せば引っ越すほど医者としては学ぶことが多かった、ということを「パブロフの犬」ならぬ「引っ越し魔の美穂」は知ってしまったのです。
もしくは、引っ越しの多い環境に過剰適応してしまい、自分の中でそれを「悦び」と昇華させてしまったのか・・・

そうして、その後は先日記載の通りです。

⑩広川市
⑪福岡県中央区中央より
⑫福岡県中央区西より
⑬福岡県博多区
⑭⑬の隣の南東角部屋
⑮東京都港区
⑯福岡県福岡市

医者になって15年で、16回引っ越しました。

勉強のためなら、夫を福岡に残し、2歳の息子を連れて、東京にも住みました。

・・・と、正当化してみましたが、引っ越しナンバー⑪と⑫と⑬と⑭は、勉強のためでなく、単に無思慮なためなので、これからはもうちょっと慎重に行動しようと思います。

今、住んでいる部屋は、もうすぐ1年になります・・・ムズムズ・・・・・

西田美穂

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葛飾北斎、生涯引っ越し93回
名前は30回変えたと言われています。
私は、どちらも、まだまだ青い。
名前は、そう簡単に変えられんしなあ。
ちなみに、旦那の引っ越し歴は 私を上回ります。